【ざわちゃみHISTORY】幼少期~青年期編

おはようございます、ざわちゃみです。

ふと思い立ったので、私という人間がどういう風に育ちパチンコパチスロに出会ったのかを生い立ちを含めて振り返ってみようと思います。

ざわちゃみの事を知っているよという方も、全然知らないよって方も、楽しんで頂けたら幸いです(^o^)丿

何回かに分けて記事にしていこうと思います。

 




幼少期

 

幼少期のざわちゃみ少年は、とにかく野球に明け暮れる毎日。

小学校1年生から高校3年生まで、とにかく野球しかやってこなかったのである。

 

特に、高校生の時は酷くて、、、

朝練が終わって弁当食って寝る。

昼に起きて購買でパン買って食って寝る。

授業が終わると野球の練習。

練習が終わると、メシ食って自主練。

家に帰ってメシ食って寝る。

 

メシ食うか野球しかしてない・・・

 

そんな毎日を過ごしてきたので、友達と遊ぶこともほとんどなし。

もちろん、女性と話す機会もあまり無かったので、なかなか恋愛にも発展せず。

 

そんなざわちゃみ少年の初恋は、小学5年生の冬。

 

 

当時引っ越してきたMちゃんに一目惚れ。

淡~い恋の始まりでした。

 

来る日も来る日もMちゃんが気になってしょうがない。

とある日に、私・Mちゃん・他2人で交換日記をしようという事になった時は、GODのブラックアウトよりも脳汁が出た気がします。

 

それから月日は流れ、Mちゃんと同じ中学校に通うことになったざわちゃみ少年ですが、思春期が加速したという事もあってさらに話しかけることが出来ず。

同じ高校にも通っていたのですがそこでも話しかけられず、最終的にはMちゃんに彼氏が出来て約7年間に渡る私の初恋は幕を閉じました。

 

今となっては、思い出の1ページですが、当時は死ぬほど凹みました。

話をちょっと戻して小学生の頃。

ざわちゃみ少年は既にパチンコ・パチスロへの道を歩み始めていました。

 

というのも、私が小さかった頃はまだパチンコ屋さんに子供でも普通に入ることが出来て、親の膝に座ってパチスロをやった記憶があるのです。

さすがに機種名までは全く覚えてませんが、親戚のおじさんが持っていたスロ雑誌と攻略ビデオをよく見せてもらってました。

プラムがどうとかベルがどうとか言ってたのだけ、覚えてます(^_^;)

 

母親側の実家に行ったときにおじさんに、「パチンコ屋いくか?」と言われてウキウキしながら向かっていた記憶が、今でもはっきりと残っています。

こうして、ざわちゃみ少年のパチンコ・パチスロへの扉は、潜在的に開かれていたのです。




青年期

高校での部活も終了し大学も決定したあと、暇を持て余したざわちゃみ青年は、友人ととあるゲーセンにいくことに。

昔からゲーセンにはよく行っていて、メダルゲームはやっていたのですが連れていかれたのはスロットコーナー。

 

「これめっちゃおもしろいからやってみなよ」

そう言われるがまま、100円玉を握りしめて実践。

 

初打ちの記憶は全くないのですが、気が付くとそのゲーセンに入り浸っていたので最高に面白かったんだと思います。

朝起きて、原チャリを30分ぶっ放してゲーセンへ。

飽きるまで打ったら帰るという生活をしばらくしておりました。

ちなみに、当時打っていたのはアルゼの大花火

4thリールを搭載し、BIGの最高獲得枚数が711枚という素晴らしい台でした。

リプレイハズシの技術介入もあり、BARならビタ押し、三連ドンなら75%でハズレるという内容。

BARでのビタハズしにあまり自信の無かったざわちゃみ青年は、JACゲームが速攻で3回来てしまった時なんかは渾身の三連ドンを押しては、ズルスベリしてガックリしておりました(^_^;)

 

それからは、来る日も来る日もパチスロを打ちこむ日々。

だんだんパチスロのやり方がわかってくると、「ホールで実際に打ってみようかな?」という気分になってきたのです。

ただ、当時のパチンコ屋さんにいいイメージは全くなかったので(むしろ怖さすらあった)、行こうかどうしようかめちゃくちゃ迷いました。

 

そして、勇気を出して地元のホールに突撃!

大花火の誰もいない島に着席し・・・

 

で、どうすればいいの??

 

当時のコインサンドは隣の人と共有で、千円を入れては出て来たメダルを下皿に移してというシステムでした。

やっとの思いでメダルを手に入れて実践。

 

ゲーセンとは違い、どんどん吸い込まれていく千円札。

しかし、ビギナーズラックもあってかビッグを3回ほど引いて、1000枚程のプラスで終了。

 

で、どうすればいいの??

 

ゲーセンならメダルは預ければいいんだけど、ホールではどうすればいいのか全く分からない。

ちょっとぶっきらぼうな店員さんに教えてもらいながらも何とかメダルを流し、景品と交換。

 

で、どうすればいいの??

 

この景品をどこに持っていけばいいの?

当時の店員さんはちゃんと教えてくれました(今は教えてくれないですけど)。

 

わずか1時間程度の滞在だったと思います。

それで、2万程度の勝ち分を手に入れたざわちゃみ青年が感じたことは・・・

 

すげぇ、儲かるじゃん♪

 

ではなく・・・

 

パチスロ怖ぇ~

 

でした。

ゲーセンの何倍ものスピードでお金が消えていくのは、やっぱり怖かったです。

 

そこからしばらくは、またゲーセンに戻って終日パチスロを打つ日々。

 

でも、なんだか物足りないんだよなぁ・・・

 

そう思ってから、再びホールに足を運ぶようになるのはそう遠くはありませんでした。




大学編

大学1年生からは飲食店でアルバイト。

ライスおかわりし放題で有名なお店です。

そこのオープニングスタッフとして働いていたのですが、年が若かったという事もあり、年上のお姉さま方にたくさんかわいがっていただきました♪

高校までは、女性とほとんどしゃべる機会がなかったのですが、このバイト先で女性と喋ることへの抵抗は無くなった気がします。

大体週3~4日の6時間程度の勤務時間、月にして8万くらいの給与をもらってました。

 

その給料はもちろん、デート代でも洋服代でもなくパチンコ・パチスロに全てをぶっ込んでました!!

 

始めのうちは大花火ばっかりを打っていた私ですが、2001年に衝撃が走ります。

 

 

その名も、コンチ4X

 

大花火同様、4thリールを搭載したAT機。

自力感もあり、爆発力もあり、なによりも「ジュクジュクジュク~エックスッ」という渋い声を聞きたくて打っていた人も多いだろう(私だけかも)。

このコンチ4Xに関しては、実際にホールで打ったのはたった2万G程度だと思われます。

もちろん一度も勝った記憶はありません。

それどころか、給料日に入った8万円を握りしめて朝からコンチ4Xを打って全額溶かした時は、ガチで泣きそうになりました。

それでも私はこうして生きています(^o^)丿パンパカパーン♪

 

で、

 

お金が無くなると私がやっていたのは、当時プレステのアルゼ王国というソフトをぶん回すという事。

ただのゲームなんですが、これをオートプレイで消化しているのをずっと見ているという事をしてました。

 

ええ、みなさん言いたいことはわかります。

 

何が楽しいの??

 

そんな声が四方八方から飛んできそうですが、当時の私は死ぬほど楽しかったです。

お金が増えるのが目的ではなく、パチスロをする・パチスロを見るのが好きだったんです。

 

この意識は、今もほとんど変わってません。

負けが続けば打つことが出来なくなってしまうので、出来る限り勝ちたいですが、根本はただパチスロが打ちたいだけなんです。




母親の喝

大学生活も2年生を迎える頃には、ほとんど大学に行かなくなりました・・・

日中はパチスロ、夜はバイト、終われば麻雀というゴールデントライアングルを完成させたざわちゃみ青年は、いつしか廃人と化してくるのです。

 

この時に、甘ったれたざわちゃみ青年に喝を入れてくれたのは母親でした。

 

実は、高校2年生から高校3年生に上がる頃、私は父親を亡くしております。

そこから反抗期で全く言う事を聞かない私を、母親は毎日暖かく見守っててくれました。

どんなに反抗的な態度を取っても、暖かく見守っていてくれたのです。

 

そんな普段は全く怒らない母親が、「もう大学いかないんだったら、お金もったいないから退学して」、そう言ったのです。

そこからは、生活を改め、日中は大学、夜はバイト、スロットや麻雀はたまにやる程度に減りました。

今でも、あの時の自分に喝を入れてくれた母親には、感謝の気持ちで一杯です。




初万枚

 

突然ですが、私の初万枚は、爆釣でした!

 

 

・・・

 

・・・

 

・・・

 

爆釣って何?

パチスロ??

 

そんな声も聞こえてきそうですが、2001年にメーシーから出た機種で「バクチョウ」と読みます。

 

三連リリパットを狙うのが楽しかった記憶があります。

後ろでアラジンAが「ぴっぽっぱっぽ~」って鳴っている中で、まったく出ていない爆釣の島で万枚を出した時はめちゃくちゃ気持ち良かったです(^o^)丿

 

当時は、解析とかも全く知らなかったですし、設定の存在も良くわかってませんでした。

ただ、パチスロが楽しいという事と、パチンコ屋の雰囲気がめちゃくちゃ好きだったのを覚えてます。

 

その他にも、当時は新装初日に猪木の新台を打って7000枚くらいだしたら換金後に絡まれて変なところに連れて行かれそうになったり、大花火で2000GくらいBIGが来なくてイラついたにーちゃんが台パンを超える台タックルをして店員さんに連れていかれたり、怖い思いもたくさんしました(笑)

 

でも、パチンコ屋さんの空気が大好きだったんです。

打たないとしても、あえて入って少しでもパチンコ屋さんの中で時間を過ごしたいみたいな・・・

 

ただの養分ですやん!

 

本当にそうなんです。

ただの、パチスロが好きなだけの人なんです。

 

昨今のパチンコ・パチスロでは、期待値稼働が当たり前!

エンジョイ勢?はぁ?なにそれ?ってなりますからね。

 

でも、エンジョイしたっていいじゃない(^o^)丿

これからもこのスタンスは変えないで、楽しんでいこうと思います!!

まぁ、勝てたら嬉しいのは当たり前なんですけどね!!

 

とりあえず、第一回目はこの辺りで。

パチスロとの出会いは、思い返せばかなり昔から出会っていたんですね!

次回は、社会人編!

乞うご期待っ!!

 

 

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